富士見のひと
小林一彦さん(前富士見町長)

2009年から8年間、富士見町長として町に尽くしてきた小林一彦さん。今回の「富士見のひと」は特別企画として、町長の職を辞した小林さんへのインタビューをお届けします。どのような思いで町のリーダーを務めていたのか、赤裸々に語って頂きました。(取材日は2018年4月7日)

町長を辞めて半年ほど経ちました。在任中を振り返って、どんな8年間でしたか?

この8年で、町を大きく改革できたのではないかと思ってます。就任時に思っていたことは、ほぼ計画通り達成できました。
町長として成しとげたかったことは大きく2つありました。もっとも重要なひとつめは、町が抱えた借金の返済でした。パノラマスキー場の赤字分が約35億円、土地開発公社の不良債権が約15億円、合計で約50億円の借金がありました。これをどうにか返済してきたことは誇っていい成果だと思います。
もうひとつは、人口減少への対応です。これには2つの側面から取り組みました。ひとつは新規就農者を呼び込むこと。もうひとつは、おもにIT関連の働き手を呼び込むこと。そのために、テレワークで働くためのコワーキングスペース「森のオフィス」も作りました。結果として、新規就農者で約80人、テレワークで約30人ほど人口が増えました。まだ道なかばですが、まずまずの成果だったと思います。

具体的な取り組みについて伺います。まず、パノラマスキー場はどうやって黒字化させたのでしょうか?

第三セクターの理事長に就任し、トップとして経営の舵取りをとらせてもらいました。就任前は年間の赤字額が約7000万〜1億円程度あったのですが、これを黒字転換できました。毎年7000万円程度の利益を出し、返済にあてています。
これは、夏場のゴンドラリフトの利用者を5万人から10万人へ倍増させられたことが圧倒的に大きかったですね。山上までの道路のマイカー規制を行った効果が出ました。
当時は民主党政権で環境保護に熱心だったこと、南アルプス自然遺産登録の推進運動も盛り上がっていましたから、その流れに乗るかたちで排ガス規制・マイカー規制の必要性を中央省庁に訴えて、通ったことが大きかったんです。マイカーを使って山の上に登っていた利用者が、ほぼゴンドラに乗るようになったわけですからね。
ぜひこれからも山上のルバーブソフトクリームを食べに多くの人に来てほしいですね(笑)


パノラマスキー場でスキーを楽しむ小林さん

土地開発公社の不良債権については?

これはメガソーラーを作ることで解消させました。民主党政権による固定買取制度のおかげで、20年間継続して42円(1kwあたり)という高値で売れるわけですから、これを活用しないわけにはいきません。
ただし、ソーラーパネルを作るといっても、企業に土地だけ提供するような従来のやり方では、利益のほとんどを町外の民間企業に持っていかれてしまいます。町が主体になり、企業に対しては初期の設備投資費用とメンテナンス業務を発注する形態でできないか、試算してみたところ、この町の土地の規模でもできるという見通しがたったので踏み切りました。結果として、当初の計画よりも多めに電力が生産できています。


富士見メガソーラー

人口減少への対応については?

今、都会で非正規雇用で働いている若者は多いでしょう? 仕事は厳しく、都会は物価も高く、給与も限られていると聞きます。UターンでもIターンでもいいのですが、そういった人たちを呼び寄せて、自然のなかで農業を行い、豊かな生活をしてもらおうという触れ込みで呼びかけました。レタスや菊、カーネーションなど、富士見特産の農業にも取り組んでもらってます。
「経験と勘に頼る」とか「30年修業を積んでようやく1人前になる」といったような旧来の農業のやり方ではなく、もっとITを使ってノウハウを共有するやり方を推奨しました。
もうひとつはテレワーク。塚平地区にある武蔵野大学の保養所を借り受け、改修して「富士見森のオフィス」というコワーキングスペースを作りました。とても良い雰囲気のスペースで、IT業界とかクリエイターの人たちが集まるようになってきました。まだもっと人が集まるようになってほしいと思ってますが、これからに期待しています。


富士見森のオフィス

町長として、やり残したことはありますか?

多くの政策・事業が軌道に乗ったと思いますが、任期後半から、助成がおりることが決定した施策に対して、議会の否決でかなわなかったこと、これが心残りです。特に「花アプリ」と「農業IT」の2点ですね。
正直に話しますが、「小林は独断でやりすぎだ」という感情が皆さんにあったのではと思っています。移住促進のために、なんとか頑張ってほしいと思っていたんですが…。

良い政策であれば反対しないと思いますが、なぜ議会の方々は反対したんでしょうか?

そこは難しいですね…。感情の問題もあると思います。「補助金で行う限り、助成が終わったら皆いなくなってしまうだろう」と言って反対した議員の方もいます。

たしかに、利益が見込めるような事業であれば、補助金がなくてもやっていけるはずという反論にも説得力はあるのでは?

「花アプリ」については、森のオフィスを中核にアプリの研究基地を作り、富士見町内だけでなく、日本や世界に出て行けるベンチャー的な事業ということで始めました。そういった将来が見込める大きな事業なので、どうしても初期投資がいる。だから補助金の申請をして、1年目は実際に申請がおりて、議会も反対しなかったんです。でも、2年目からは否決になってしまいました。
「農業IT」については、前述したとおり、「匠の技」とか「経験と勘」よりも、これからはITを使ってノウハウをためて効率化する方がはるかに重要です。将棋の藤井聡太棋士があれだけ強いのは、経験ではなくて、AIを活用したトレーニングで鍛えているからでしょう?それと同じなんです。
そういった思いで熱心に進めてきたんですが、道半ばになってしまったことは心残りですね。

もし今も町長を続けていたとしたら、町の産業の発展のために、どんな取り組みを行いたいですか?

移住者の人たちと地元の人たちとの交流をもっと活発になるようにしたいですね。それには、森のオフィスにいるテレワーク移住者が率先して商工会などの若者たちと組んでほしいです。今度カゴメが大きな施設を作るでしょう。その施設と移住者、町の商工会と一緒にプロジェクトを始めるとか、そういったことが広がるといいですよね。
あとは空き家対策ですね。現在、200件くらいの使える空き家があるようです。これも補助金を使ってリフォーム費用を出せるようにしたところです。アパート暮らしでは子育ても田舎暮らしも満喫できないですからね。空き家をどんどん利用してもらって、移住者が町の中に入っていって、盛り上がるといいなと思っています。

どうもありがとうございました!

編集部より
町長職を辞してからも小林さんは、フリーランスとして森のオフィスで精力的にご自身の仕事をされています。そんな小林さんをつかまえて取材の申し込んだところ、快く応じて頂きました。取材スタッフは富士見に暮らしてまだ2年ほど、あくまで一町民として小林さんご個人の意見を伺うかたちで取材を行いました。
あらためて伺った小林さんの政策は、十分に戦略的で機知に富むものだったという印象でした。その戦略性や先見性を多くの町民や議会等と対話を重ねながら共有し、お互いの理解をさらに深めていれば、また異なる町政の未来がみえていたかもしれません。小林さんのこれからのご活躍を心からお祈りいたします。

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