【第8回】 山口信吉さん
富士見パノラマスキー場のゴンドラ山頂駅から歩いて30分ほど、入笠山の頂上のたもとに建つマナスル山荘は、知る人ぞ知る山好きが集まる山小屋として県外各地から多くの来客でにぎわっています。2014年に旧オーナーから経営を引き継ぎ、人気の山小屋に成長させた山口信吉さんにお話を伺いました。
−−なぜ、メジャーな山ではないにも関わらず、人が集まる人気の山荘なのか?
山口 マナスル山荘は、富士見町と伊那市の境目、入笠山の山頂まで40分ほどの鞍部にある山荘です。うちはとにかく「ゆっくりと山の中の環境を楽しんでもらおう」「居心地の良い空間を作ろう」という思いで山荘を運営しているんです。
八ヶ岳や北アルプスといった登山としての人気エリアにある山小屋は、どちらかというと「山頂を目指すための前線基地」ですよね。でもうちは違うんです。春・夏はすずらんをはじめとした草花とハイキング、秋は紅葉、冬は雪原のスノーシュー体験など、このエリアは、ピークハントだけではない山の魅力に満ちています。そういったさまざまな魅力を楽しんでもらおうというコンセプトです。実はこういう山小屋は日本ではあまり多くないですから、その良さに気づいた方々に来て頂いているのではないかと思います。
−−どんなお客さんが多いですか?
山口 30代〜50代の女性の方が多いですね。「ゆっくり過ごす」というコンセプトがちょうど山好きの女性の方々の好みにはまったんだと思います。それと、多くがリピーターです。リピーターの方たちに口コミで広げて頂いていると思います。
山荘内の食堂 誰でも自由に休憩できる
−−自慢のメニューは?
山口 なんと言っても看板メニューはビーフシチュー。和牛のホホ肉をじっくり煮込んで作っています。実は松本エリアで取れる牛ホホ肉のほとんどがうちで消費されているくらいなんです。このシチューを楽しみにいらっしゃる方も多いです。
牛肉以外にも、野菜など、富士見や原村、伊那でとれた新鮮な食材をたくさん使用しています。
それと、売店にもこの地域の名産を並べています。良い物を提供して喜んで頂くというのは商売人として嬉しいですし、地域の結びつきや活性化にもつながると思いますから。
一番人気メニューのビーフシチュー
−−既存の山小屋とは違うコンセプトで成功する、看板メニューを作って売り出すなど、経営のセンスが光りますね?
山口 ありがとうございます(笑
私は出身は東京の下町で、学生時代から山が大好きで、ずっと北アルプスの山小屋で暮らしていたんです。ガイドをしたり山岳救助の資格をとったり、山とともに生活をしてきました。
北アルプスの山荘勤務時代
−−失礼ながら、町中や会社などの組織に揉まれることが少なそうな山中での暮らしだけでは、経営者としてなかなか気づけない点もあると思うのですが…。
山口 そういう意味では、私の経緯は少し変わっているんです。山の暮らしが好きだったのはもちろんですが、それよりも山小屋でアルバイトをしていた学生時代から、山小屋の「経営」というものに興味があって、手伝わせて頂いていたんです。そのうち、オーナーから雇われで山小屋の経営を任されるまでになったんです。どうやったら利益を出せるかということを考えながら経営をさせてもらえた。その経験が今でも活きていると思います。
山荘では経営に携わっていた
さらに、若い頃はずっと山小屋で生活していたのですが、40代に入った頃、群馬県に複数の店舗と30人ほどの社員を抱えるスポーツ店を妻の実家が経営していて、そこの後継ぎがいないということで、山を降りて数年間会社経営にも携わりました。バブル崩壊後で地方の商店は本当に厳しい時代、その会社もかなりの債務を抱えていました。正直そこでは大変な苦労をして、なんとか再建のための努力を続けてきたんです。結局その会社は整理することになったのですが、今では貴重な体験だったと思います。
スポーツ店経営時代
その後、マナスル山荘本館の旧オーナーがここを手放すということで、出資者の方の協力も得られて、今から5年ほど前の50歳の時、2014年からこの山荘を運営してきました。
マナスル山荘再スタートのために準備する山口さん
−−富士見の良さ、入笠山の良さ
山口 学生時代から北アルプスなどさまざまな山で暮らしてきましたが、この地域と山は本当に素晴らしい。激しい山ではないですが、ちょっとした樹木や自然、山荘からの景色がとても落ち着きます。また、入笠山というのはとても歴史がある山なんです。甲州と伊那を結ぶ古道があったり、古くから人の手が加わっていて、自然と人による文化がうまく融合しているんです。
山荘近くにある入笠湿原
実は若い頃一度入笠山には来ていたのですが、当時はその良さには気づきませんでした。その頃は若かったので、やはり激しい山、登山のための山としてしか見ていなかったからかもしれません。
でも、今ならその魅力がわかります。こういった魅力を伝えることがこの山荘を経営している私の使命だと思いますし、町への貢献とも思っています。
ぜひ、この山の魅力を楽しみに、時間帯によってさまざまな表情が見える山ですから、ゆっくりと宿泊して楽しんで頂きたいですね。
−−ありがとうございました!